NDT1がいよいよ来日!
NDTジャパンツアーについて語る対談シリーズです。
第一弾は、2020年よりNDTの芸術監督に就任したエミリー・モルナーさんです。
今回の日本ツアーのプログラムのみならず、NDTのカンパニーの特徴や芸術監督としての役割など、NDTの“今”についてお話を伺いました。
NDTのカンパニーについて
唐津絵理(以下唐津):NDTとはどのようなカンパニーですか?
エミリー・モルナー(以下モルナー):NDT(ネザーランド・ダンス・シアター)は、新作のリサーチと創作に注力し、国際的に活動する世界有数のコンテンポラリーダンスのカンパニーです。オランダのハーグを拠点にしています。NDTの核にあるのは、コラボレーション、好奇心、イノベーション、そしてコミュニティです。
革新性を求め、私たちは世界中の、ダンスをはじめ様々な領域の卓越した芸術家と協働し、その多様な声や視点を観客に届けています。NDTは創造性を育み、キャリアのあらゆるステージにあるダンサーや作り手を支援することでダンスにより良い未来をもたらそうとしています。そして、オランダをはじめ世界中の観客に最高級のダンスを届け、次世代のプロとなるダンスアーティストたちに、他にはないリサーチや実験の機会を提供しているのです。
カンパニーは2つの部門に分かれています。独自の多彩さとで高い技術力を誇る27名のダンサーが世界的に知られた作り手たちとのコラボレーションを通して革新的な振り付けを踊るNDT1。そして、若手から中堅への架け橋として、若いダンサーが支援の行き届いた環境のなかで、若手からキャリアを確立した振付家まで、幅広い作家と多くのコラボレーションを通し、自身の実践を発展させていくことのできるNDT2です。
芸術監督の役割とは
唐津:芸術監督に就任してからの4年間で、何が変わりましたか?また、現在はどのようなことに特に注力していますか?
モルナー:私は、NDTは創作の拠点だと考えています。私が芸術監督に就任したのは、ちょうどカンパニー設立60年のタイミングで、先に進むためには、自分たちのこれまでの過去について知る必要があると考えました。60年前、私たちは何者だったのか?NDTの創設者たちがこのカンパニーを作ったとき、何を目指していたのか?創設世代の先駆者たちの活動を想像したときに、そこにあったであろうエネルギーと切実さが、60歳となった今も、創作の現場に、そしてカンパニーの運営に、日々求められていると思ったのです。改めて、自分たちとの約束を見直したいと考えました。
NDTをクリエイションのための場としての考えたとき、私のビジョンの実現に欠かせないのがリサーチと探究です。NDTは常に、創造性の極致に挑んできた集団です。コラボレーション、好奇心、コミュニティといった考え方は私たちのアイデンティティの核であり、自分たちの活動を通して文化を刷新し、豊かなものにしようと活動するうえでの原動力となっています。クリエイティブであるためには、自由に実験し、まだ理解できていないものも試してみる必要があります。成果と同じくらいプロセスが大事だということです。皆が自らの実践を省みて、新しいアイデアをリサーチし、より深いレベルで共に仕事ができる、そんな革新的な環境を作り出そうと努力しています。NDT自体のポテンシャルを最大限発揮するためには、ユニークな個々人の声が響き合う組織であるということを大事にしなければいけません。このアプローチを取り始めてから、NDTの豊かな歴史に忠実でありながら、ますます新しく多様なアーティストや組織とのコラボレーションが実現しています。
NDTでは何をするにも、卓越性を重んじます。そして、卓越を目指す者にはモチベーションを与え、育て、新しいことを試す自由が必要です。そのためには、ある種の厳格さを持って創作し、学び、常にオープンであることを心掛け、互いを尊敬しなければいけません。
イノベーションについて語るには、「今」を問わなければいけません。NDTにとってそれは、より深く、自分たちのクリエイティブなプロセスに取り組むことを意味しています。観客が舞台上で目撃する作品に、厳密な意味での完成はありません。作品を演じているアーティストたち自身と同様に、作品もまた、生きて独自の呼吸を持った生命です。日々新たな何かへと変化し、新たな形を得ているのです。そういう創作のためには、探究と対話に時間をかけ、パフォーマンスと同じくらいプロセスに注力し、まだ理解できないものと向き合うための場を作る必要があるのです。
芸術監督として私が特に強調したいのは、NDTの多彩さと、多様な視点、作り手、そして創作のモデルを取り上げることへの不断の努力です。私の役割は、他の人の声を支え、届けることです。自分の仕事をより良くこなすほど、私は透明になっていきます。私が目指すのは、舞台裏で協創的な環境を作り出すことで、それぞれのアーティストやカンパニー全体に、その創造的なポテンシャルを充分に発揮してもらうことです。
私の仕事は人を繋ぐことだ、とよく言っています。というのも、他のあらゆるアート同様、ダンスもまた、時に挑発することで、時にインスピレーションを与えることで、よりインクルーシブな社会に向かうための対話を生み出すからです。ダンスは民主的な芸術であり、自己表現やコミュニティといった問題に対して、言語化することのできないような叡智を持っています。同じ言語を話すことができなくても、どれだけ多様な集団であっても、同じ場を共有し、同じ土台に立つことができるはずです。
私は、NDTのダンサーには、いつでも信じ、学び、リスクを取ってもらうよう、背中を押しています。皆が熱心に取り組む協力的な場を作り、自分の実践は自分の力で動かせるものだと感じてほしいし、作品やカンパニーの未来を共に作っているのだと実感してほしいと思っています。
NDTのいま
唐津:協働制作する振付家やその振付家とどのような作品で協働するのか、プログラムはどのように決めているのでしょうか?
エミリー:振付家の選定、また、どのような作品でその振付家と協働するのかを選ぶのは、熟慮を要し、はっきりとした意図を持って行わなければならない仕事です。選定する振付家に重視しているのは、芸術的に卓越していること、革新性を持った作家であること、そして、観る人たちの間に体験、繋がり、そして対話を生み出すことのできる作家であることです。
NDTの現在のプログラムは、私の、多様な振り付けの視点とスタイルを支援したいという熱意の元に組まれており、創造性と身体表現の限界に挑むものです。若手から評価の確立した作家まで幅広く新たな作家をNDTに招き、そうした新たに協働した振付家を再招聘し、また、長く協働関係にある作家とのコラボレーションも続けることで、これを実現しようとしています。NDTの古典ともいえるような作品を新しい世代のダンサーと観客に紹介し、独自のパートナーシップを育み、また、オルタナティブな会場やプラットフォームでNDTの活動を紹介するような特別なプロジェクトも実施しています。
たとえば来シーズンは、深く信頼しているアソシエイト・コレオグラファーであるクリスタル・パイトとマルコ・ゲッケに加え、ボティス・セヴァとクリストス・パパドプーロスという二人の新たな振付家を迎えます。マルコス・モラウやナダヴ・ゼルナー、コンプリシテと彼らを率いる演出家であるサイモン・マクバーニー、シャロン・エイアールとガイ・ベハール、彼らのカンパニーであるL-E-Vとコラボレーションを深めていきます。また、カンパニーの非凡な歴史に敬意を払い、かつて高い評価を得たイリ・キリアン、ホフェッシュ・シェクター、ヨハン・インガーらの作品を再演します。
また、今シーズンの4つの新作の一つ、ガブリエラ・カリーソの『La Ruta』がオリヴィエ賞の「新作ダンス賞」を受賞し、NDT1はパリ・演劇/音楽/ダンス批評連盟より、タオ・イェ作の『15』シャロン・エイアールとガイ・ベハールの『Jakie』などの新作を上演した成果に対して、最優秀ダンスカンパニー賞を受賞しました。このような、国際的なオーディエンスやダンスコミュニティからの評価は、我々カンパニーにとって大きなモチベーションに繋がるものです。
観客との関係性の構築
唐津:観客に関してのお考えを聞かせてください。また、観客とはどのような関係が作りたいと考えていらっしゃいますか?
エミリー:観客との対話を育みたいと考えています。観客として経験していることを聞かせてほしいのです。そのフィードバックは私には欠かせないものです。世界中の観客との交流を通して、私たちは進化していきます。彼らの知恵に耳を傾けることで、あらゆる境界をこえる芸術を作るという私たちの使命の実現に近づくことができるのです。観客との間に、ある作品の好き嫌いではなく、その作品がどういう経験だったか、どう感じたか、どういう疑問を抱いたか、といった対話が生み出せるようになるのが理想です。私たちが届けているアートについて、私たち自身が学ぶ素晴らしい機会になります。
協働する振付家を選定する際にも重要視していることは、国際的なコンテンポラリーダンスの世界で評価の確立した振付家から若手の振付家まで、様々な背景を持った人たちとコラボレーションをすることで、多様な作品を上演し、新たな視点や経験を観客に提示することです。ある作品が観客に対してどのような効果を持ち得るかもまた重要です。複数のレベルで観客に働きかけるものでなければなりません。
ダンスという芸術は私たち作り手だけのものではなく、この世の人皆のものです。ダンスには、自らをさらけ出し、オープンになること、そしてリスクを取ることを通して、様々な問題を解決する橋渡しとなる力があります。私たちの活動は、NDTの創作に留まるものではありません。私たちはより大きな動きの一部なのだと思っています。ダンスには、普遍的な力があるのです。
日本ツアーの特別なプログラム
唐津:日本のプログラムの見どころは何でしょうか?
モルナー:NDTの日本ツアーは、NDT1のダンサーたちの多様な表現を楽しんでいただける刺激的なプログラムになっています。
2012年にNDT1で初演、アソシエイト・コレオグラファーのクリスタル・パイトの『Solo Echo』。降りしきる雪を背景に、ひとりの人物を複数の視点から見ていきます。ブラームスのチェロとピアノのソナタ2曲に合わせて踊られる本作は、青年期の成長から始まり、人生という流れゆく時の旅路を眺めていくものです。
マルコ・ゲッケ『I love you, ghosts』は、当時開館したばかりのアマーレ劇場でゲッケが初めて振り付けた作品です。新しい劇場の壮大さにインスパイアされながらも、NDTのかつての拠点であったルーセント劇場のスタジオの思い出や、解体後も残るその存在感をまとう作品になっています。
シャロン・エイアール&ガイ・ベハール『Jakie』もお届けするのが楽しみな作品です。長年のコラボレーターであるオリ・リヒティク作曲によるサウンドスケープに彩られた作品です。『Jakie』は、素晴らしいデュオであるエイアールとベハールが新境地に至った作品で、官能的なものと未知のものが、見事なコントラストの中に融合する空間のなかで、NDT1ダンサーたちの催眠術のような技巧をご覧いただきます。エイアールとベハールの絶え間ない実験精神がよく表れた作品です。
オリヴィエ賞受賞作品、ガブリエラ・カリーソの『La Ruta』も上演いたします。時空間が宙づりになった、力強く映画的な世界観の作品です。想像力の限界に挑むこの魅惑的な作品を日本の観客の皆さまに観ていただくのが楽しみです。
『One Flat Thing, reproduced』は、ウィリアム・フォーサイスが長く取り組んでいる、対位法的な構造の膨張にまつわるリサーチにおいて、重要な節目となった作品です。「複数のムーブメントのテーマ」「細かく指定されたキュー(きっかけ)のシステム」「形およびムーブメントの流れの複雑な配置」という3つのシステムが相互に作用することで生まれる一種の「機械」のような作品です。
翻訳:山田カイル(抗原劇場 / Art Translators Collective)