NDT Japan Tour 2024 いよいよ開幕!
NDTに所属するアーティストと統括プロデューサー唐津絵理による対談シリーズです。
最後は、髙浦さんと同じく5年前の2019年の来日公演でも大活躍だった刈谷円香さん。今回の来日ツアーでは神奈川公演の『I love you, ghosts』と愛知公演の『One Flat Thing, reproduced』に出演予定。
NDT入団までの道のりから、クリエイションの面白さ、今回出演される作品の創作過程などについてお話を伺いました。
NDT入団までの道のり
唐津絵理(以下唐津):ダンスはどのように始められましたか?
刈谷円香(以下刈谷):4歳の時に母にバレエを踊りたいと伝えました。でも家族でバレエをしている人が誰もいなかったので、長続きしないだろうと思ったようで「本気なのか。」と1年間待たされたんです。それでも1年間、ずっとやりたいと言っていたので、5歳になった時に近所のバレエスクールに通わせてもらいました。それがバレエを始めたきっかけです。
15歳の時にユース・アメリカ・グランプリのニューヨーク決戦に行き、銀賞とスカラシップをいただいたことがきっかけで、ドイツのパルッカ・シューレ・ドレスデンに入学しました。卒業後に入団したチューリッヒ・ジュニア・バレエ団では作品創作に参加する機会もあり、クリエイションがとても楽しかったです。芸術監督のクリスチャン・スプック(Christian Spuck)さんも創作の様子を見てくださっており「円香はいつかNDTに行った方が良いのではないか」と提案してくれました。
唐津:NDTへの入団は、スプックさんからのご推薦もあったのですね。
刈谷:実はパルッカ・シューレ・ドレスデンの最終学年の時にも、イリ・キリアンさんの作品を卒業公演で上演して、アシスタントとして教えに来てくださったNDTのダンサーの方が、「円香はNDT2にいつかトライした方がいいよ」と言ってくれていたんです。そこから2年経って、またスプックさんにNDTを薦めてもらいました。それで、NDT2のオーディションにトライしました。
実はちょうどそのタイミングに、チューリッヒでキリアンさんの『Wings of Wax』に取り組んでいました。サードキャストとして入っていたのですが、昔のNDTの黄金時代のダンサーの方が教えに来ていたんです。不思議な縁を感じていました。
唐津:なんだか導かれているようですね。いろいろな芸術監督がNDTに行った方がいいと推薦されたということは、ヨーロッパのコンテンポラリーの世界では、NDTが目指す頂点という意識を皆さんが持っているということなのでしょうか?
刈谷:NDTのようにコンテンポラリーで確立されているカンパニーは世界的に見ても数が少ないと思うんですよ。当初は自分ではまだまだだと思っていたのですが、チューリッヒでの2年を経て、「チャレンジしてみたい」と思えたので良いタイミングでした。
クリエイションの面白さ
唐津:先ほどのお話の中で、コンテンポラリーの面白さと言うことをお話しされていましたが、どのようなところにコンテンポラリーダンスのクリエイションの魅力を感じていますか?
刈谷:最近は様々なタイプのクリエイションがありますが、振付家のアイデアとダンサーの応答が合わさってスタジオで化学反応みたいなものが起こる時があるんです。振付家とダンサーがスタジオで時間を過ごして、アイデアを練って、何か面白いものができた時にとてもワクワクします。お互いが出し合うからこそ生まれるものがある、それが楽しいクリエイションだと思います。
唐津:今は様々な振付の方法がありますが、大きく二つに分けるとすると振付家が動きを渡してそこから大きくは変えないという創作手法か、振付家がタスクやイメージをダンサーに共有して、動きのアイデアはダンサーが出す方法があるような気がしています。円香さんとしてはそれぞれどのように感じていて、どのようにダンサーとしてアプローチをしようとされていますか?
刈谷:ここ数年は後者のタイプが多いと感じています。振付家がタスクを渡して、ダンサーが動きの素材を提供し、それを振付家が編集するという手法です。ダンサーが自分から動きのアイデアを出す場合、出来上がってくるものはなんとなく似通ってきてしまうんですよね。でも、振付家から与えられた材料に対して、ダンサーがアイデアを提供したり、自分の身体を合わせていくことで、振付家だけでなくダンサーのフレーバーになっていくとも思うんです。振付家がアイデアを出して、それが円香の身体でこうなったから、じゃあこうしてみよう、とお互いが味付けし合ってできるクリエイションの過程はとても楽しいと感じています。バランス良く両方あったら良いなと思っています。
唐津:なるほど。自分の慣れたムーブメントばかりで創作していくと、それはそれで限界がありますよね。振付家とダンサーが協働すれば自分だけでは思いつかないような動きが出てきて、また違う振付家と取り組めば違う動きが出てくるというように、いくつかの作品を並行して進めることでより面白い化学反応が起きるということでしょうか。
刈谷:そうですね。様々なタイプのクリエイターと協働することによって、アーティストとしても刺激が増えます。どれか一つのやり方というよりは、様々なクリエイターの多様な作り方があったら良いなと思います。
『I love you, ghosts』の創作過程
唐津:『I love you, ghosts』は私もハーグで拝見しましたが、とても素敵な作品で、踊っている円香さんがとても印象的です。この作品はどのように制作されたのですか?
刈谷:全体的なテーマとして、取り壊しとなった NDT の旧活動拠点、ルーセント・シアターへのオマージュがあると思いますが、クリエイション時点でそれが伝えられていた訳ではなかったんです。作品のプログラムノートを読んで、ルーセントへのオマージュなんだと知りました。
例えば、最後のソロのクリエイションを始めた時には、スタジオに解体されたルーセントのベルベットの客席が3脚ほどありました。その客席に座ってマテリアルを作り始めましたが、最終的には客席は使わずに立って踊るソロになっています。また、最後のデュエットは、ストーリーがあるわけではないけれど、歌が大きなインスピレーションになっていると思います。マルコは細かいキャラクター設定などについて多くは語らないのですが、歌の歌詞をすごく大事にしていると話していました。戦争に行った息子を思う歌なので、私が踊る時は、息子を待つ母親の気持ちなど、母親のイメージを持って踊っています。
自分なりの解釈ですが、なくなってしまったルーセント・シアターや、いなくなってしまった息子のイメージ、クリエイションの初期にはあったけれど使わないことになった椅子のことも思いながら踊っています。踊る度に自分の解釈も変わります。スタート地点がはっきりしてるからこそ遊ぶことができるというか、違った自分で踊ることができます。それはクリエイションに参加できたからこその特権ですね。
自分たちが創作していた時には、それぞれのシーンが具体的なイメージや歌、言葉をもとにこの動きを作ったというプロセスがあるけれど、最終的に大きな全体像の一部になっても辻褄が合う、パズルができていくのも面白いと思います。出来上がって全体を見た時にあらゆる解釈ができると思うんですよね。
唐津:音楽のリズムに振付がはまっていなかったり、あえて外しているのかなと感じることも多いのですが、ゲッケの音楽とダンサーの関係性の特徴はありますか?
刈谷:作品にもよるのですが、ランドマークとして音の目印があって、ここからここまでのの音の取り方はダンサーの自由というときもあります。でも、レパートリーとして何年か上演を重ねていくうちにダンサーもタイミングが分かってきたりします。また、録音の音楽を使う時は、音に振付をはめていく場合もあります。ソロやデュエットは毎回違う音の取り方ができますが、グループのシーンはカウントを合わせる場合もあります。
唐津:そうですよね。あれだけの人数で揃って踊らなくてはいけない中で、全くカウントがないというのは難しいだろうと思います。ソロで円香さんが踊る部分は、自由に動けるということですね。
刈谷:今回の『I love you, ghosts』は、踊りの内容は決まっているのですが、音の取り方は自由な部分があります。2年前に作られた作品だからこそ、もう少しリスクを取っていろいろ楽しめるかなと思っています。
振付の継承
唐津:オリジナルキャストとそうでないダンサーとでも、踊り方がかなり違うのだなと、話を聞いて思いました。オリジナルキャストだからできる自由さがあるのですね。
刈谷:そうですね。カバーのダンサーに教える時には、クリエイションの際にマルコから受け取った情報と自分なりの解釈、だからこうやって動いているんだよ、ということを伝えるようにしています。そうでないと、ただ空っぽの動きだけになってしまうと思うので。受け取る側も、そうしたインフォメーションがあるからこそ、自分のアーティストの色をそこに埋められると思うんです。私は教える立場として、自分と同じように踊らせるのではなく、クリエイションに参加していたからこそ伝えられるものを伝えた方がいいなと考えています。オリジナルキャストだからできることもあるし、別のダンサーが踊るからこそいいものになる部分もあると思います。教えながら、自分の中で当時のことが思い出される面もあります。
唐津:ダンサーがどう作品を継承していくかというテーマが、とても興味深いですね。円香さんは、コンセプトも含めて振付を伝えていこうとされるから、その精神性も伝わるかと思いますが、伝え方によって作品の理解が随分変わってくる可能性がありますよね。
刈谷:そうですね。私もNDTに入った時、何年も前からNDTにいる先輩ダンサーから、振り写しと同時にカルチャーも伝えてもらったので、今、自分もそうやって他のダンサーに引き継いでいるんだと思います。振付家と働く機会がある中で、受け継いできたステップに、さらに自分なりの味付けもしてきています。インフォメーションとして動きだけを教えるのではなく、バックストーリーやコンセプトを伝えることの重要性を身をもって体験してきたため、受け継ぐことはとても重要だと思っています。ここ数年は新作が多いため、あまりレパートリーで教える場面が少ないですが、できる時には伝えていきたいと思います。
『One Flat Thing, reproduced』の創作過程
唐津:もう一つ、フォーサイスの作品についてもお聞きしたいと思います。2000年にフランクフルト・バレエ団で創作された作品なので、作品への関わり方が異なると思いますが、どのようにクリエイションしていったか、また作品の魅力を教えていただけますか?
刈谷:テーブルダンス(『One Flat Thing, reproduced』の愛称)は2年前に一度上演していて、その時が初めてフォーサイスさんの作品を踊る機会となりました。リハーサルに彼のアシスタントの方が来て、振り移しをしてもらいました。NDTに、フランチェスカさん(Francesca Caroti)というリハーサル・ディレクターがいるのですが、私は偶然その方が踊っていたパートを担当しているので、オリジナルキャストの方に直接教えていただきました。
2年前はコロナ禍だったので、フォーサイスさんとはZOOMでのリハーサルしかありませんでした。今回はオランダツアーの際に数日間だけフォーサイスさんが来てくださって、作品に関する情報もリフレッシュされました。「やはり、フォーサイスさんはフォーサイスさんなんだ!」と、自分としては同じ空間にいるだけで、様々なインスピレーションや収穫がありました。フォーサイスさんが来てからアップデートがあって、どんどん変わっていきました。そのプロセスはやはり楽しかったです。2年前に踊った時よりも、自分の中でもっと楽しむ余裕や理解できることも増えました。毎回異なるスリリングな作品なので、それも楽しいです。
日本の皆さんにメッセージ
唐津:最後に日本の皆さまにメッセージや今回のツアーの見どころについてお話いただけますか?
刈谷:いろいろな作品のフレーバーが味わえるツアーで、様々な都市で見ても、毎回演目が異なるのはすごいと思います。いくつかの作品は公演ごとにキャストが変わるので、同じ作品でも異なる顔を持ちます。みんな違って、みんないい、カラフルな作品を楽しんでほしいですね。